過敏性腸症候群(IBS)における食事療法の概要と留意点〜低FODMAP食、食物繊維、グルテンフリー、プロバイオティクス〜

監修者:今井 仁(東海大学健康管理学|消化器内科 講師)
執筆者:宮﨑 拓郎(米国登録栄養士)

この記事で抑えたいポイント

・過敏性腸症候群(IBS)では症状への食事の影響を受ける患者が多く、近年ではアメリカを中心に研究が進んでいる

・IBS患者さんでは一人一人の症状や状態によって最適な食事療法が異なり、過度な食事制限は栄養不足につながる可能性もあるため注意が必要

・低FODMAP食、食物繊維、グルテンフリー、プロバイオティクスについてはまだ解明されていないことも多い

目次

はじめに

米国登録栄養士の宮﨑です。今回は過敏性腸症候群(IBS)における食事療法をみていきたいと思います。

IBSでは薬物療法で十分に症状が改善されない方が多く、以前より食事の影響が指摘されてきましたが、解明されていないことが多く、カフェインを控えるなど経験に基づいた推奨が行われてきました。

一方で、近年特に欧米を中心にIBSと食事に関する研究が進み、少しずつエビデンスに基づいた議論が行われるようになってきました。

この記事ではIBSにおける食事の重要性とともに、IBSに対する主な食事療法を紹介していきます。

過敏性腸症候群(IBS)に対する食事の影響

過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome:IBS)は炎症や潰瘍などがないにも関わらず、腹痛や排便の回数、便の性状などに異常がみられる病気です。原因は未だ明らかにされていませんが、下痢や腹痛といった消化器症状を引き起こす要因も人によって異なると言われています。

また、これらの症状にも波があり、症状が強く出る時期もあれば、症状が落ちついている時期もあります。

このIBSに対して注目されているのが食事療法です。

2018年に発表されたアメリカの1500名以上の消化器専門医を対象とした対象とした調査研究では、およそ60%の消化器専門医がIBS患者さんがよく食事によって消化器症状が引き起こされていると話していると回答しました。(1)

IBSでは、腹痛や下痢などの消化器症状が出やすい状態になっています。健康な人では強く刺激しないと症状が出ないのに対し、IBS患者さんでは少しの刺激でも消化器症状が出ることがあります。

つまり、ある食品を摂取した場合、健康な人では大丈夫でも、IBS患者さんでは下痢や腹痛などの消化器症状を引き起こす可能性があるということです。

IBSにおいて食事療法を実践する上でのポイントと留意点

IBSにおいては、一人一人で症状が異なります。また患者さん個々人においても、時期によって症状が異なることも多いです。よってその時々の自分自身の症状に合った食事を見つけることが、消化器症状をコントロールする上で非常に重要になります。

食事療法は、他の治療法と異なり、副作用が少ないことや他の治療と比べると比較的お金をかけずに行えることもメリットのひとつです。

一方で過度に食事を制限することで栄養状態を悪くしてしまう可能性もあるため注意が必要です。

日本では健康保険でカバーされている管理栄養士さんの食事指導の対象にIBSが含まれていないため難しいことも多いですが、食事療法を可能な限り正しく理解するとともに、メリット、デメリットを把握することが大切です。

IBSの食事に関しては様々な食事療法やサプリメントの研究が行われていますが、ここではIBS患者さんの関心が高い1)低FODMAP食、2)グルテンフリー食、3)食物繊維、4)プロバイオティクス に焦点を当てて紹介させていただきます。

低FODMAP(フォドマップ)食  

低FODMAP食はアメリカ消化器病学会より2022年3月に発行されたClinical Practice Updateでも最もエビデンスレベルが高い食事療法と記載されています。(2)

FODMAPとは、以下の頭文字を組み合わせた言葉になります。

Fermentable:発酵性の

Oligosaccharides:オリゴ糖(フルクタン、ガラクトオリゴ糖) 

Disaccharides:二糖類(ラクトース)

Monosaccharides:単糖類(フルクトース) 

And

Polyols:ポリオール(ソルビトール、マンニトール、イソマルト、キシリトール、グリセロール)

FODMAPが含まれる食品は5つのグループに分類されます。ラクトース、フルクタン、フルクトース、GOS、ポリオールです。

低FODMAP食は、これらのFODMAPグループの中で自分自身の消化器症状に影響を与えるグループを特定するための食事療法となります。

日本では保険適用の食事療法にはなっておらず、病院などで食事指導の活用をされることはありませんが、IBSや炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease:IBD)患者さんの間で関心が高い食事療法で、日本人を対象とした臨床試験なども行われ始めています。

一方海外では、低FODMAP食に関して2015年以後大規模な臨床試験などが行われ注目されるようになり、多くの医療機関で活用されています。(3)

これまでの研究では、低FODMAP食を実践することにより、およそ50-80%のIBS患者さんが下痢や腹痛といった消化器症状が改善し、生活の質(QOL)が向上することが明らかにされています。(4)

その一方で、各臨床試験のデータの”質”が低いとの指摘があることや、長期的に低FODMAP食を行うことによる栄養不足のリスクや腸内細菌への影響などに懸念の声もあることから更なる研究が期待されています。

低FODMAP食の詳細記事はこちらをご確認ください。

低FODMAP食と気をつけるポイント-過敏性腸症候群(IBS)や潰瘍性大腸炎・クローン病(IBD)に対する食事療法

監修者:今井 仁(東海大学健康管理学|消化器内科 講師)執筆者:宮﨑 拓郎(米国登録栄養士) この記事で抑えたいポイント ・IBSやIBD患者さんの中にはFODMAPで消化器症…

グルテンフリー食

グルテンとは、小麦や大麦などに含まれるたんぱく質になります。セリアック病と呼ばれる自己免疫疾患では、このグルテンに対し過剰に免疫反応が引き起こされます。

IBS患者さんの中にも、グルテンに反応することによって、下痢や腹痛といった消化器症状を呈する患者さんがいます。そのため、食事からグルテンを取り除いたグルテンフリー食を好まれるIBS患者さんが多くいます。(1)

これまでの複数の臨床試験をまとめて分析して、グルテンフリーの有用性を確認した研究では、通常の食事群と比べIBSの総合的なスコアの改善が示唆されたものの、統計学的な差は確認されませんでした。(5)

食物繊維

食物繊維とは、人の消化酵素によって消化することができない難消化性成分の総称です。現在は5大栄養素に次ぐ“第6の栄養素”として、その健康促進効果が期待されている栄養素になります。

食物繊維は様々な種類がありますが、主に水溶性食物繊維と不溶性食物繊維に分けられます。水溶性食物繊維は水に溶けてジェルのようになる食物繊維で、下痢・便秘双方へ用いられます。一方不溶性食物繊維は水に溶けない食物繊維で便秘に用いられます。

これまでの複数の臨床試験をまとめて分析したメタ解析では、水溶性食物繊維にIBSの消化器症状を改善する効果があることが示されており(6)、先述のClinical Practice UpdateでもIBS全般症状の改善の記載があります(2)。

プロバイオティクス

腸内環境を整えるうえで重要になるのが、プロバイオティクスです。

プロバイオティクスは、身体に有益な効果を与える微生物やそれらを含む食品のことを意味し、乳酸菌、ビフィズス菌、ヨーグルトなどが代表例です。

プロバイオティクスは、カプセルや錠剤の形態で経口投与するのが一般的で、簡単に摂取することができます。そのため、IBSにおいてもプロバイオティクスの効果を調べた研究は多数あります。

これまでの臨床研究では、プロバイオティクスを投与することにより、腹部膨満感などの消化器症状が改善されたとの報告があります。しかしながら、各試験で使用されているプロバイオティクスの種類や試験デザインが大きく異なることから、プロバイオティクスの科学的根拠は十分ではないと考えられており、現在も研究が進められています(7)。

終わりに

今回はIBSと食事療法について、概要を紹介させていただきました。

IBS患者さんの中には、食事が消化器症状の引き金につながることを経験されている方も多いと思いますが、IBSは様々な原因が関与しており、人によって合う食品・合わない食品もあるため、この食事療法なら全てのIBS患者さんに大丈夫というものは存在しません。

食事療法は自分一人でも取り組めることがメリットの一つですが、きちんと管理できないと、身体に必要な食べ物まで制限してしまう可能性もあります。そのため、必要に応じて、専門の先生や管理栄養士にも相談してみましょう。

監修者

今井 仁
東海大学健康管理学|消化器内科 講師

消化器専門医。医学博士。2009年に東海大学を卒業し横浜市立市民病院で初期臨床研修と消化器内科医として勤務開始。東海大学にて博士を取得後2017年米国ミシガン大学に留学し腸内細菌の研究に従事。帰国後も継続して腸内細菌の研究、消化器内科の仕事、健診センターの仕事を掛け持ちし日々研鑽を積んでいる。

執筆者

宮﨑 拓郎
米国登録栄養士|公衆衛士学修士  

Academy of Nutrition and Dietetics (米国栄養士会)所属 Registered Dietitian (登録栄養士)。ミシガン大学日本研究センター連携研究員。アメリカミシガン大学公衆衛生学修士(栄養科学)修了。大学病院等での勤務を経て米国登録栄養士取得。同大学病院消化器内科で臨床試験コーディネーターとして低FODMAP食の研究等に従事。帰国後コロンビア大学監修クリニックなどで保険適応外栄養プログラム立ち上げ、食事指導などに従事。講談社より「潰瘍性大腸炎・クローン病の今すぐ使える安心レシピ 科学的根拠にもとづく、症状に応じた食事と栄養」などを共著にて出版。ニュートリションケアなど管理栄養士向けの執筆多数。

参考文献
  1. Lenhart A, et al. Use of Dietary Management in Irritable Bowel Syndrome: Results of a Survey of Over 1500 United States Gastroenterologists. J Neurogastroenterol Motil. 2018 Jul; 24(3): 437–446. 
  2. Chey WD, et al. AGA Clinical Practice Update on the Role of Diet in Irritable Bowel Syndrome: Expert Review. Gastroenterology. 2022 May;162(6):1737-1745.e5.
  3. SL Eswaran, et al. A Randomized Controlled Trial Comparing the Low FODMAP Diet vs. Modified NICE Guidelines in US Adults with IBS-D. Am J Gastroenterol. 2016 Dec;111(12):1824-1832.
  4. Staudacher HM, Whelan K. The low FODMAP diet: recent advances in understanding its mechanisms and efficacy in IBS. Gut. 2017 Aug;66(8):1517-1527.
  5. Dionne J, et al. A Systematic Review and Meta-Analysis Evaluating the Efficacy of a Gluten-Free Diet and a Low FODMAPs Diet in Treating Symptoms of Irritable Bowel Syndrome. Am J Gastroenterol. 2018 Sep;113(9):1290-1300.
  6. Moayyedi P, et al. The effect of fiber supplementation on irritable bowel syndrome: a systematic review and meta-analysis. Am J Gastroenterol 2014;109:1367–1374.
  7. Lacy BE, et al. ACG Clinical Guideline: Management of Irritable Bowel Syndrome. Am J Gastroenterol. 2021 Jan 1;116(1):17-44.