
2026年現在、世界の肥満治療は「GLP-1受容体作動薬」などの登場により、大きな転換期を迎えています。特に肥満治療の先進国であるアメリカでは、これらの薬を単なる「体重を減らす手段」ではなく、適切な食事や生活習慣と組み合わせることで「健康寿命を延ばす手段」として再定義する動きが加速しています。
では、薬があれば食事は気にしなくてもよいのでしょうか?実はその答えは逆で、薬が効いている今こそ、食事を見直す絶好のチャンスと考えられています。
本記事は、2026年3月22日に開催されたセミナー「日米の抗肥満薬を含む減量治療・栄養管理の実際」から、ミシガン大学病院で活躍されるRina Hisamatsu先生の講演内容を元に、アメリカの最新トレンドから、薬と上手に付き合うための食事のヒントをわかりやすくご紹介します。
- 「少しやせる」だけでも体は変わる
- 抗肥満薬の実力と注意点
- アメリカで広がる「ゆるやかな糖質コントロール」
- 減量中の「筋肉」を守るタンパク質摂取の新基準
- 抗肥満薬の副作用を「食事」で和らげるコツ
- ミシガン大学病院に学ぶ:プライマリ・ケアにおける栄養サービス
- まとめ:薬が効いている今こそ「食習慣を変えるチャンス」
「少しやせる」だけでも体は変わる
米国の肥満率は上昇の一途をたどっています。2022年時点ですでに全米19州において肥満率(BMI 30以上)が35%〜40%に達しており 、2030年までには米国の成人の約50%が肥満になると予測されています 。
肥満は単なる体重増加にとどまらず、心血管疾患、2型糖尿病、非アルコール性脂肪肝炎、さらには特定の癌やメンタルヘルスの悪化など、多くの合併症に関与しています 。
しかし、わずか5%〜15%の減量を達成するだけで、以下のような劇的な健康改善が期待できることがエビデンスで示されています 。現在、日本国内で潰瘍性大腸炎やクローン病といったIBDの患者数は右肩上がりに増加しています。
- 5%の減量 → 2型糖尿病の予防、身体機能の改善
- 10%の減量 → 心血管リスクの低減、睡眠時無呼吸症候群の改善
- 15%以上の減量 → 2型糖尿病の寛解、脂肪肝炎の改善
このように、少しの減量でも体は確実に変わることがわかってきています。
抗肥満薬の実力と注意点
現在、米国では生活習慣の改善をベースに、抗肥満薬を組み合わせた治療が広がっています。中でも注目は以下の薬剤です。
- リラグルチド(サクセンダ): 1日1回投与の皮下注。1週間ごとに増量し、維持用量の3.0mgを目指します。
- セマグルチド(ウゴービ): 週1回投与。0.25mgから開始し、4週間(1ヶ月)ごとにステップアップして、5ヶ月目から維持用量の2.4mgを継続します。
- チルゼパチド(ゼップバウンド): GLP-1/GIP受容体作動薬。週1回投与で、2.5mgから最大15mgまで段階的に増量可能です。
これらは食欲を抑え、満腹感を持続させることで、無理のない減量をサポートします。
臨床研究における抗肥満薬のエビデンス
実際の臨床試験では、セマグルチド2.4mgの使用により、68週間で平均14.9%の減量が報告されています。一方で、「薬剤を中止したグループでは、急激なリバウンド(体重の再増加)が起こる」ことも明らかになっています。
アメリカで広がる「ゆるやかな糖質コントロール」
米国の栄養カウンセリングでは、炭水化物の量を厳密に管理する「低炭水化物食(Low Carb Diet)」が活用されています。極端に糖質を抜くのではなく、段階的に調整する方法が主流です。
非常に低い(Very low-carb): 炭水化物 20〜50g/日(総エネルギーの10%以下)
低い(Low-carb) : 炭水化物 50〜130g/日(10%〜26%)
中程度(Moderate-carb) : 炭水化物 130〜225g/日(26%〜45%)

Sainsbury et al. Diabetes Res.Clin, 2018, Volek et al. Frontiers in Nutrition, 2024
低炭水化物食における食品選択

Griauzde, et al. Frontiers in Nutrition. 2021
具体的な食品選択のアドバイス
患者さんには、以下のように「楽しむべき食品」と「避けるべき食品」を明確に伝えます。
積極的に楽しむ(制限なし):
肉、魚、鶏肉、卵、豆腐、チーズ、ナッツ、葉物野菜、ブロッコリー、カリフラワー、ベリー類 。
避けるべき高炭水化物食品:
パン(全粒粉含む)、ライス、パスタ、ジャガイモ、シリアル、スナック菓子、ジュース、加糖スポーツドリンク 。
また、「量を減らす(Reducing portions)」アプローチと「置き換える(Replacing foods)」アプローチの両面から、炭水化物の摂取量を調整します。
【例】パスタを減らして野菜を増やす、精製穀物を全粒穀物に変えるなど。
減量中の「筋肉」を守るタンパク質摂取の新基準
抗肥満薬による急速な減量において、最も懸念されるのが「筋肉量(除脂肪体重)の減少」です。これを防ぐために、米国では一般的な推奨量(0.8g/kg)を大幅に上回るタンパク質の摂取が推奨されています。
【タンパク質摂取の目標値】
目標:体重1kgあたり 1.2〜1.6g/日(例:体重70kgなら84〜112g/日)。
配分: 1回の食事につき25〜40gのタンパク質を摂取することで、筋肉の合成を効率化します。
高タンパク質な食事は、単に筋肉を守るだけでなく、満腹感を高めて食欲をコントロールし、骨の健康維持や全体的な寿命の延伸にも寄与することが示されています 。
抗肥満薬の副作用を「食事」で和らげるコツ
薬剤の導入期には、吐き気や嘔吐、逆流性食道炎、便秘などの消化器症状が出やすくなります。これらは通常1〜2ヶ月で改善しますが、適切な食べ方でQOLを劇的に上げることができます。
- 分割食の推奨: 1回の食事量を少なくし、1日の中で数回に分けて食べることで、胃の不快感を抑えます。
- 脂質と刺激物の制限: 高脂肪なものや油っこい料理、辛いものは症状を悪化させるため避けます。
- 水分補給: 代謝を助け、副作用(特に便秘)を軽減するために、1日2〜3Lの水分摂取を目指します。
- 食物繊維: 便秘予防のために、1日25〜35gの摂取を推奨します。
ミシガン大学病院に学ぶ:プライマリ・ケアにおける栄養サービス
米国では、多忙な医師に代わって管理栄養士が中心となり、継続的な栄養サポートを提供できる体制が整っています。
紹介フロー: 医師が診察時に栄養サービスを紹介し、その後は管理栄養士が個別訪問(対面またはバーチャル)を行います。
個別化の徹底: 患者一人ひとりの好み、文化、ライフスタイルに合わせ、一時的な制限ではない「持続可能なケア計画」を立てます。
栄養補完: 経口摂取量が著しく低下している場合は、微量栄養素の欠乏を防ぐためにマルチビタミンの活用も検討します。
まとめ:薬が効いている今こそ「食習慣を変えるチャンス」
抗肥満薬は確かに強力ですが、それだけで肥満症を完治させることはできません。薬の効果で食欲が抑えられている期間は、いわば「正しい食生活を再学習するための準備期間」として重要です。
1.規則的な食事パターンを意識する
2.限られた量の中で栄養価の高い食品を選ぶ
3.1.2〜1.6g/kgのタンパク質で筋肉を守る
4.副作用を食事の工夫でコントロールし、治療継続する
5.自分に合った食事スタイルを見つける
こうした積み重ねが、リバウンドしにくい体と長期的な健康につながります。抗肥満薬の時代だからこそ、「何を食べるか」「どう食べるか」がこれまで以上に重要になっています。まずは、できることからひとつずつ見直してみることが大切です。
執筆者

Rina Hisamatsu
公衆衛生学修士、登録栄養士(ミシガン大学病院/MCT2D)
ミシガン大学の専門外来(WNP、MICOR等)にて、低炭水化物アプローチを含む肥満・代謝改善支援に従事。 糖尿病ケアや体重管理、WICプログラムなど幅広い栄養指導の経験を持つ。抗肥満治療における栄養教育・行動変容支援に取り組んでいる。